何年ぶりだろうか、文楽を見て来た。場所はNHKホール。演目は「生写朝顔話」ーしょううつしあさがおばなし。私が持っている”歌舞伎手帖”という本では、「宇治・明石・大井川と天下の名勝を背景に美しい男女が、見初め、別離、めぐり合い、すれ違いを繰り返す江戸時代の”君の名は”である」と解説している。
物語は、別れ別れになった恋人を追い国を出た深雪という女性が、泣き暮らすうちに盲目になり、女芸人に身をやつしてしまう。流れ歩くうちに、探し求める相手に偶然出会うのだが、盲目故、本人は相手に気付かず、また別れ別れになってしまうという哀れな人情物である。
演目は、その哀れな深雪が、道中、くだんの青年と出会う宿屋での”笑い薬の段””宿屋の段”。雨の中、青年を追いかける”大井川の段”の三演目であった。
文楽は、人形、浄瑠璃、三味線の三要素からなっており、三味線の伴奏で語る浄瑠璃に合わせ、三人の人形遣いが一つの人形に所作を演じさせるのである。大夫は演目の浄瑠璃をうたい、人形のセリフも一人で演じ分ける。
舞台は歌舞伎と同じような背景であるが、違うのは、真ん中に人が通れるだけの空間があり(船底)、そこで人形遣いの三人(主遣い、左遣い、足遣い)が人形を操るのである。 その前には人形遣いの足元を隠し、前景を表す為の手摺が設けられている。
今回、最初に竹本住大夫氏から文楽について、また演目についてのお話があった。文楽は江戸時代に端を発し、歌舞伎と競い合って現在まで伝統芸能として演じられてはいるのだが、浄瑠璃と三味線、人形という特殊な世界である為、なかなか一般受けせず、観客が入らないのが悩みのようで、大夫の言葉の端々からもそれは感じられた。
現に私も歌舞伎は見れども、文楽には足を運ばなかった。なんかまだるっこしい感じがしていたのだ。
今回久方ぶりに文楽に触れ、決して分かり難い物ではなく、舞台といい、浄瑠璃の語りといい、勢いのある太棹の三味線まで非常に興味深かった。
浄瑠璃も、舞台上方にセリフが字幕で出る場所が設けられており、流れがとてもよく分かる。
歌舞伎・能、狂言・文楽、いずれもそれぞれ演じ方は違うが、長い間厳しい修行によって連綿と受け継がれてきたことにより、どれも非常に洗練された高度な動きになっている。舞台、音曲、それぞれの所作といい、日本の文化が凝縮された芸能の世界がそこに見られる。
何より、見て面白く、興味がつきないというのが一番である。
文楽については、まだまだ知りたいことがあり、今回は日本の芸能の面白さを再認識させられた。 これを機にいろいろ観劇してみなくては、と思っている。
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